円通院 / 宮城

円通寺

◆円通院について

円通院は、宮城県松島にある古刹・瑞巌寺の西隣にある臨済宗妙心寺派に属する寺です。
伊達政宗公の嫡孫「光宗公」の菩提寺として建てられました。

◆円通院の由来

伊達光宗(だてみつむね)は、陸奥仙台藩第二代藩主・伊達忠宗の次男として生まれました。
母は、徳川秀忠の養女・振姫で、第3代将軍・徳川家光とは従兄弟の関係でした。

寛永7年(1630年)、兄の虎千代丸が7歳で年若くして亡くなったため、伊達家の世継ぎとなりました。

寛永16年(1639年)に元服し、従五位下の位になり、越前守に任ぜられました。
徳川家光より偏諱(漢字二文字の名前のうち通字ではない方の字)を頂き光宗と名乗りました。

正保2年(1645年)2月から江戸に滞在しますが、9月に19歳の若さで亡くなりました。江戸に行くまでの旅で体調を崩したためと考えられていますが、幕府により毒殺されたという説もあります。

正保4年、伊達光宗の廟所として三慧殿(さんけいでん)が建立され、円通院が開山されました。

円通院

◆円通院の見どころ

三慧殿の厨子には、慶長遣欧使節の正使・支倉常長(はせくらつねなが)がスペインやローマから持ち帰ったバラとフィレンツェを象徴する水仙が描かれています。
金箔の地に白、赤、緑の三色を用い、画材として緑青やサンゴなどを用いたため、変色しないのが特徴です。

慶長14年(1609年)、スペインのサン・フランシスコ号がメキシコに帰る途中、台風に遭遇し、上総国岩和田村(千葉県御宿町)の海岸で座礁・難破しました。
一行は地元民に救助され、徳川家康がによりガレオン船・サン・ブエナ・ベントゥーラ号が贈られ、メキシコにまで変えることが出来ました。
これをきっかけに日本とスペインとの交流が始まりました。

伊達政宗は、ヨーロッパに遣欧使節を送ることにしました。
支倉常長を正使、スペイン人の宣教師ルイス・ソテロを副使とし、180人から組織され、スペインを経由してローマに赴くことになりました。

常長はスペインやローマを訪問しましたが、この時すでに日本ではキリスト教禁止令が施行され、目的としていた通商交渉は成立しませんでした。

常長は、数年間ヨーロッパ滞在した後、元和6年(1620年)に帰国したのです。

三慧殿の厨子に描かれたバラを基に天野明道住職が、「白華峰西洋の庭」(6000平方メートル)にバラを植え、一般に開放しました。
このことから薔薇寺とも呼ばれるようになりました。

バラは開花時期が限定されるので、院内を覆うコケのほうが存在感があります。

また、境内の庭には、約350年前に造られた「心字の池」を中心に石庭があり、秋には紅葉がライトアップされます。
色鮮やかな紅葉が、寺を幻想的な雰囲気にします。

円通院は恋愛成就の寺でもあります。
山門を入ったすぐ左側に縁結びの観音様がいます。
この観音様は、恋愛に縁のなかった人をとりもつご利益を持っています。
両脇にペンで願いや名前を書いて奉納する「縁結びこけし」が並んでいるので、恋愛成就を願うなら奉納しましょう。

本堂では、オリジナル数珠造り体験ができます。
使用する石や作る数珠の大きさにより料金は1000円〜4000円と変わります。

円通院

◆円通院の基本情報

住所:宮城県松島町松島字町内67
電話番号:022-354-3206
アクセス:松島海岸駅から徒歩5分
円通院 公式サイト